地球へのヒーリング、今後の課題

40.6:226:72:0:0:zen1:center:1:1:【今、ここ、自己】  ありがとうございます。:
こんにちは!
いつもありがとうございます。
ありがとうございます。
2007年7月17日の地球へのヒーリング・イベントへ参加して頂いた多くの方々へ、ありがとうございます。
ありがとうございます。
昨日の大イベントは地球に住まわせて頂いている私たち人間へ多くの気づきを頂ける有難い日になりました。
参加した人の多くが感じた「幸福感」をどうぞ忘れないで下さい。
この幸福感こそが、悟りに近い体験だと思います。
さて、今回の大イベントへ参加した方の中では瞑想を一度もやったことがない方達も多く参加していると思います。
今日は瞑想ではなく、禅の実践を綴ってみようと思います。
日本に禅を持ち帰った道元師が「身心脱落」して頂いたお陰で、日本ではこの禅を教えなくても人伝えに茶道、武道、華道、能などから日本人の心がありました。
庶民が何か困ったことがあれば、お寺に駆け込ん行く時代がありました。そして、お寺では色々な節句に合せてお奉りする行事を通じて四季を知り、神様との距離を短くすることが出来ました。
ここ最近ではお寺に足を運ぶこともあまりなくなりましたでしょう。
それは他の国のキリスト教会や正教会でも若い人達はわざわざ、教会に足を運ぶ機会が減ったことでしょう。
人間は一人では生きて行けません。そして、今ある物質をあの世にも持って行けません。持って行けるものは「体験」です。
どうして、お釈迦様、キリストも座り続けたのでしょうか。
それは、道元師が得た体感の「身心脱落」のために座るのではなく、ひたすら座ることが「身心脱落」なのです。そうすることで、本当の自己と出会うのが最初です。座るうちに、気分が晴れやかになったり、煩っていた悩みが半減したりしますが、それらはいずれ仏性に目覚めこの大自然と実際に一体化する過程の副作用なのです。
ですから多くの聖人達は座りました。もちろん、座らなくてもこの大自然と実際に一体化することが出来る人達も多くいらっしゃいました。
禅では出家していない人達を在家と呼びます。
その在家の為に「在家五戒」というものがあります。
一、殺生をしてはならない。
二、盗みをしてはならない。
三、よこしまな愛欲の行為をしてはならない。
四、他人をあざむいたり、自分に嘘をいってはならない。
五、深酒をしてはならない。

これを守りながら、座るのです。
座ることで雑念や悩みが海に浮いているゴミのように行っては来たりすることがあります。でも、それを気にしてはいけません。拘ってもいけません。そのうち、そのゴミも浜辺に打上げられるゴミのようにつきてしまいます。
それが尽きたところで本当の自然の浜辺が現れます。
それが本当の自分が現れることになるでしょう。
そのこころこそが、自他共に共存し、自我を離れ、大自然と一体化し、永遠のやすらぎを生むのです。このこころこそが、日本人が忘れかけていた心ではないでしょうか。禅のこころ。
永遠の命に目覚めれば、過去にも未来にも拘りがなくなります。
そして、禅の世界観を「今、ここ、自己」という。
今を精一杯に、置かれた場で充実して生きる自己を見出すのが、禅です。
そのような自己を取り戻すためにも、一日に一度は静かに座り、心と身体を整え、自己を見つめてみることです。
ありがとうございます。

19.4:266:350:0:0:mamacopy:center:1:1:いつもありがとうございます。ありがとうございます。: