カルマの解消には経験が不可欠です。疑わず、経験を積むことです。



いつもありがとうございます。

ありがとうございます。

もしも、こんなに混沌とした世の中になることを生まれる前から知っていたら、あなたは輪廻転生をしていましたか?

きっと、今、苦難の体験をしている人にとっては、生まれて来なかったと仰ることでしょう。

また、今、幸福を体験している人は、生まれて来て良かったとお応えすることでしょう。

いつも申し上げていますが、あなたは、偶然生まれて来たのではありません。

自ら、志願し、この世に生まれ、過去世で果たせなかった願いを持って今の人生を始めています。

今の人生で出会った人々、あなたが経験した出来事、あなたが費やした時間のすべてには、意味があります。

宗教的に聞こえるかも知れませんが、私たちが自分に与えられた「人生」というチャンスを全うするためには、どうしても、魂の存在、霊界の存在、守護霊の存在、異次元を無い物として否定していては、魂を磨くことが出来ません。

日本には神道という素晴らしい宗教が存在していますが、スピリチュアルブームの一環として、パワースポットに行ったりして、本来の神様の意味を知らないまま、祝日だからあそこに行こう!というようなどこか遊び感覚で行く人達もいますが、もちろん、そこには何かしらのご利益はあるでしょうが、この世で「魂」を磨くには、霊的覚醒を行う必要があります。

霊的な体験をすることで、過去世からのカルマの解消が出来る機会に繋がります。

あなたが生まれて来た理由は、外界に自分を求めるものではなく、また、他人の人生を自分の人生と比較するためでもなく、あなた自身の人生を導いた本当の「因縁」である「原因」を見出して行くしかありません。

それは孤独で辛くなることも、幾度もあることでしょうが、カルマを半減することで、重たい鎧を脱ぎ去り、そこから、初めて、あなたが求めていた使命を果たすことが出来るようになります。

ですから、カルマを背負ったままでは、あなたの魂がこの世に生まれて魂願している使命を果たすことが先送りになってしまいます。

もちろん、「魂」と聞いても、視えない存在ですから、理解し難いと思います。



例えば、あなたが嫌いな相手があなたの嫌いな言葉を不意に使ってあなたより有利な立ち回りをしていたとき、あなたは、怒ってはいけないと内心では分かっていても、その相手の顔を見たり、声を聞くだけでも、メラメラと怒りが湧いて来て、鎮めようとすると手が震えたり、心拍数が早くなったりして、顔には出さなくても、心を鎮めることが出来ないと言うようなことはありませんか?

自分の「心」であっても、知らずして、コントロール出来ない状態になってしまい、挙句の果てには、相手に文句まで言ってしまい、後でどうしてあのような大人げない態度を取ってしまったのか?と悔やむことがあるでしょう。

自分でも自覚できないような言動を発したり、内心で相手を罵倒してしまう場合は、「魂」の影響があります。

あなたがこの世に生まれる前からのカルマ、生まれることによって現世で果たしたい「魂願」を秘めて生まれ変わっています。

それは、「陰陽」「太陽と月」「男と女」のような、二面性が誰にでもあるように、華やかな人生を歩む人でさえも、十字架を背負って生まれています。

人間は不思議な生き物で、真面目で正義感が強い人ほど、多くの願いを持っており、良く生きようと思えば思うほど、カルマが多く、また、その心の痛みは辛いものです。

精神的なカルマもあれば、肉体的なカルマもあります。

日本人の多くは、肉体的なカルマを持っているように思います。

肉体的なカルマで象徴されるのは、「癌」です。



治療することによって治る癌もありますが、進行がんのような癌は再発や転移してしまうケースもあるため、私の前夫もお医者様から宣告された時には、僅か、余命、三週間と言われましたが、亡くなったのは、2週間ほどでした。

人によっては、癌だと言わない方が、明るく、元気な生活を送ることで、長生きする人もいます。

お釈迦さまも癌で他界しています。

病気になることで、カルマの解消をすることによって、見えなかった、自分の使命を理解することが出来る人がいます。

もちろん、人によっては、病気になっているときは、「死にたくない」「命が助かるならば、お金や地位などいらない」と言っている人でさえも、元気になると、同じような思想に戻る人を私は何人も視て知っています。

使命や天命を果たさないまま、霊界に還ると、苦労するのはその人なのです。

しかし、人は誰かに指摘されてからと言って変われることは難しいです。

何か感動的な事や、苦難を体験しない限り、自らの意思で変わるのは難しいでしょう。

病気の現れる場所によって、カルマの意味が異なります。

チャクラの位置を確かめると、その魂願とカルマが分かることでしょう。

では、精神的なカルマが現れるときはどんな体験をするのかお教え致しましょう。



・何度も同じような過ちを繰り返す

・悪いクセだと分かっているが、止められない

・避けて通れない道(宿命)

・克服したいが、克服できない

・他人には分かるが、自分では気づけない習慣化された心のクセ

『何度も同じような過ちを繰り返す』

若い頃は、それほど意識しなくても、ある程度、歳を重ねると、同じような失敗を繰り返して来てはいないか?と、思うことがあるでしょう。

特に、人間関係で、苦手なタイプがグループの中に参加されると、その輪に溶け込むことが出来ず、逃げてしまうことで、意欲的に活躍したいと願っていたことを断念したり、強い人や支持があるような人に依存してしまい、何事も人任せになって失敗してしまう等、状況が変わり、関わる人が変わっても、同じような失敗を繰り返す場合は、その原因は魂の弱点や歪によって、カルマの現れていることでしょう。

『悪いクセだと分かっているが、止められない』

やめた方が良いのは分かっていても、なかなかやめられない依存してしまうモノがあります。

買い物依存、ギャンブル依存、アルコール、タバコなど、また、他人の悪口や羨望などのゴシップ癖、このような傾向もカルマの現れです。

『避けて通れない道(宿命)』

自分が苦手な分野に関わることを極力避けたいと思うことは誰にでもあるでしょう。

例えば、重要で責任を問われるポストに就かされたり、大勢の人前で話をする部署に配属されてしまったり、自分では安定した仕事に就きたかった人が、家庭の事情によって、家業を継ぐことになったりして、他人のお世話をするような仕事をすることになることもあります。

受け入れることが大事です。

避けても、それがカルマとして浮上して来るのであれば、その出来事には必然的に意味があることだと信じ、カルマを超える必要があることでしょう。

『克服したいが、克服できない』

誰もが1つや二つの苦手で、努力して克服したいと思っている「心のクセ」があるでしょう。

例えば、人前で話すことが苦手で、赤面症になってしまったり、人と接することに恐怖を覚えてしまうようなことがあったり、誰かに依存してしまったり、短気なところやイライラするところを改善したいと思いながら、自分でいくら努力しても克服出来ないのは、カルマそのものに原因がある可能性があります。

※過去世からのトラウマになっていることもあります。

『他人には分かるが、自分では気づけない習慣化された心のクセ』

カルマの中で一番難しいのは、自分でも気づけないままいる習慣的なクセです。

繰り返し起こるような問題であれば、何回かその問題が訪れるうちに、何とか気づけることがあるかも知れませんが、自分でも気づけないカルマの場合、気づくには時間とタイミングが必要なときもあります。

例えば、整形しなくても個性的な顔をしている人が、顔の一部をいじり、可愛くなったことで、その人の自信に繋がるのであれば良いのですが、その後、中毒のようにあちらこちらをいじり、その人が生まれ持った顔が可愛く、その笑顔に癒されていた人もいたことに気づくこともなく、幾度も、整形を繰り返すような場合は、他人は気づいていても、自分では気づけないままで、他人には違和感として映ることでも、本人は気づかないことでしょう。

それは無自覚のカルマの現れです。

他にも組み合わさったカルマによって、苦難を体験されることでしょう。

残念ながら、カルマを即効的に減少させるような特効薬は存在しません。

個々のカルマを解消するには、自分で気づき、同時に、魂願しながら生きて行くしかありません。

しかし、その厳しい出来事によって、あなた自身の才能が開花したり、あなたの使命を応援してくれる人と再会することもあるのが、人生の醍醐味です。

まだまだ、お迎えが来るまで、多くの人と関わり、繋がって行きながら、あなたの人生そのものを導き出す大切なヒントや課題が、日々の出来事から見えて来ることがあるかも知れません。

カルマと魂願とともに、日々の生活を見つめ直すことで、生きる喜びが沸き上がって来るかも知れません。

ありがとうございます。