カルマ

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こんにちは!
いつもありがとうございます。
ありがとうございます。
早いもので、10月も半ばになってしまいました。
皆さんは、今年の課題を達成していますか。
気付くと、学びにしても、仕事にしても、目標を決めた頃は頑張ったが、途中から諦めモードになったり、面倒になって楽な方に流されてしまって、気付いてみると、クリスマス、大晦日、そして、お正月を迎えてしまうことになったりして、お正月辺りは大騒ぎをして、鱈腹、ご馳走を食べ、大酒を飲み、桜の咲く時期になり、また、ご馳走を食べたりして、暑い夏が来る。来年でも良いか?と思いつつ、生活をしていると、目標も定かでなくなったり、違う別件で出来なくなってしまうこともある。
人の人生も同じように、生まれる前までは、どうしても輪廻転生をしたいと願い、霊界に住んでいる仲間、背後霊、守護霊方にお願いして、同時期に両親役、友人役、伴侶役、子供役を設定して生まれて来た。
一人の一人が過去世にて、遣り遂げなかったことを、今世でクリアーする為にわざわざ、多くの魂達も身体を借りて、地上に生まれて来た。
自分が望んで生まれて来ている。
しかし、気づいてみると、この世的な快楽に気を取られてしまい、名声、権力、物質を己の為に使用してしまっている間に、身も心もこの世的な生き方がすべて正しいと思ってしまい、この世に生まれ変わったが、甘い蜜を吸いすぎて、権力、物質を維持することに必死になり、気づいたら、あの世からのお迎えを宣告されてしまい、その時、初めて、「死」という、身体から魂が離れてしまう恐怖感から、「今まで、何を私はして来たのだろう・・・」と思いながら、自分の過去の思い出のフラッシュバックが鮮明に脳裏に映し出される。
かのカーネギーなどは巨額な財産を築いたが、彼の親族が不治の病などにかかり、次から、次へと死んで行った。
そして、彼自身も病にかかってしまった。
その時、彼のとった行動はすべての財産を寄付したことで、その後、50歳になって初めて結婚したり、病からも開放され、人々からも感謝される役目を果たした。
「気づき」を生きている間に分かる人は、身体がなくなっても魂は永遠だと理解した人は、目標をクリアー出来る要素を持っている。
この要素をすべての人間が持ち合わせているが、気づく人は少ない。
死を迎えて初めて気づく、身体があったときに、なぜ、遣り遂げなかったのか。
人に批判されようが、自分を信じて真理を追究している人は、この世に生きている間の目標を撤回することはないだろう。
寿命が来るまで、その目標を知っているからこそ、内なるエネルギーが必要なときに、必要な人との出会いで巡り合わせてくれる。
ただ、人によっては中途半端な気持ちで、目標を定めていると、いくら目の前に女神が立っていても、無視してしまい、後で人生は不公平であると不平不満を溢してしまうだろう。
本当に不公平だろうか。
自分が過去世にて、人を殺したり、人を騙したり、人を利用した経験がある人は、この世で殺された人、騙した人、利用した人から何かしら繋がる。
その何かとは、人を騙した人であれば、同じような手口で相手に騙されることもあるだろう。
騙されたことで、その人を憎むことをこの世でも続けてしまっては因縁を断ち切ることが出来ない。
その人を許すことで、カルマの清算が出来たかも知れないのに、さらに来世までにも、その人との因縁を持ち込むことになるだろう。
例えば、前世でフランス人で貴族に生まれ、遊んでばかりで、30歳ぐらいで病気に掛かって死んでしまった人は、生まれ変わったときに、「生きる」「学ぶこと」などを目標にして輪廻転生をしているかも知れない。
そういった場合は、その設定が日本人で良家に生まれたが、大変躾が厳しく、本人は遊びたい気持ちが強いが、両親に非常に厳しく育てられたりして、反発を繰り返すこともある。性格は輪廻転生を繰り返しても、変わるには余程の刺激で白が赤になったりすることがなければ、似ているケースが多い。
ですから、勉強することが苦になってしまうケースもある。
また、違うケースで日本人として、現世では生まれたが、髪の毛の色が薄かったり、顔立ちも西洋人に見える人もいる、また、西洋人でも東洋人のような顔立ちの人もいる。これは前世の影響を残したまま生まれていることで、その人にとって、繋がりのあった異国を残したケースである。そういった人は生まれた国で生活していても、必ず何かの縁でその国に訪れることで、人生の目的や使命に繋がるインスピレーションを受け取ったり、あるいは、伴侶になる人がその国の人だったり、住むことで人生観を変えてしまうような人とそこで出会うこともある。
前世で遊牧民だった人は、現世で同じ場所に住むことが出来ない人も少なくない。
前世の名残は脳の一部が記憶している。
人口が一昔に比べると増えている世代に私たちは生まれている。
いろいろな国がある、私たちは昔も今も「神様」の存在を意識しながら、この世での課題を達成する為に、日々、努力している。
例えば、前世でカソリック教会の圧力を受けて、殺されてしまった人など、キリストと聞くだけで、恐怖心が出てくる人もいる。
キリスト=カソリックだけではないだろうが、キリストを信じた為に水攻めで死んでしまったことの恐怖が脳裏に残っていると、異常な反応をしてしまう人もいる。
あまりにも宗教を信じてしまった為に、その信じる行いが悪いことではないが、宗教を悪だと思い込んだまま、殺されて、今世では無宗教の国に生まれて来たが、人生を通じて、キリスト教に関係するようになっていたりする。
キリスト教カソリックだけではない。正教会もあるし、モルモン教、エホバなどもある。
仏教も教えは一つだけだが、文字が読めない人などは人から人へ伝えられた言葉を信じるしかなかった。
正しい教えか、そうでないかは宗教関係者でも実際のところ分かっていない人もいるだろう。
真理を追究する人でも、盲信する人もいるだろう。
盲信すると、教えられたことを実践なしで、この人が言っていることはすべて正しいという発想になりやすい。
それでは自分のカルマの清算にもならず、山羊や羊の違いも分からないのと同じになってしまう。
自分のカルマの清算は、自分だけにしか出来ない。
そして、気づくことが出来るのも、「あなた」だけである。

生まれて来た目的を知ることで、近道になることもあるが、実は使命を知ることで、更なる役目が増えることもある。
その使命を一つ終えると宇宙貯金額が増えることになるが、人と違った人生を送ることになったり、誰にも理解出来ない未知との世界で悩むことが増えることもある。
その峠を越さないと、光が見えてこないときもある。
その光が見えて来る時には、霊界にいる見えない魂の先輩方から、大きな祝福を頂くことが出来る。
すべて自分の為の修行である。
日々、感謝しながら、精進して参りましょう。
ありがとうございます。