居心地の良い暮らしは自分で作る ♪

18.2:350:263:0:0:DSC00089:center:1:1:生活が苦でも、生きているだけでも、立派な修行です。ありがとうございます。:
こんにちは!
いつもありがとうございます。
ありがとうございます。
先週末に山に一泊したのですが、突然の雹、止んでは降り始める豪雨。お昼ごろからは、晴れていましたが、欧州でも涼しい場所が暑く、雨があまり降らないオーマンとかも豪雨の為に、驚くほどの水嵩で車を運転している人達でさえも流されていました。いつもなら道路なんでしょうが、川になっていました。豪州でも死者が出来るほどの豪雨だった様子です。
天気予報でさえも予想出来ないほど、地球は変化している様子です。
私たち人間以外の動物や植物は異変を感じている様子です。しかしながら、人間も感じている人も多いと思いますが、無視している人の方が多いのではないでしょうか。
さて、私が今住んでいる国は今まで住んだ国に比べると治安は良いが、不便だと住み始めた当時は思ったものです。
しかし、私が長年住んで来た豪州も80年代はここよりもさらに不便でした。
ですから、便利に慣れてしまうと、五感も鈍くなるでしょうが、六感、つまり、インスピレーションと呼ばれる直感力が衰えていることでしょう。
動物でもペットとして飼われている動物達は六感が衰えている様子です。
生まれたときから、五感を主体として生活している為に、霊的な心霊現象にしても霊能にしても、目に見えるモノ、耳に聞こえるモノ、触れてみることが出来るものに魅力を感じる時代でしょう。
ですから、見る者は感動し、その行為を行う者は偉大な人物になった気分になりがちです。西洋、東洋を問わず昔も今も大なり小なりの宗教のリーダー、または、霊能者で物質的に拘る人は、自分は神様の生まれ変わりだとか、お釈迦様の化身である、申し子である、生まれ変わりであると言い出し、周りもきっとそうだろうと思い始めることから成立して、羊飼いの群れのように誘導されてしまいやすいでしょう。
しかし、心霊学的にみると、そうした現象は派手なものほど質的には低級であり、その霊能者の背後で演出している霊も差ほど高級ではない様子です。
この世的なことに拘る霊は物質面で浄化していないままで高級霊を装って霊能者を誘導するようです。
高級になればなるだけ、物質な手段よりもインスピレーションのような霊的波動を使用した方法を手段とすることでしょう。
このインスピレーションは人間側に心霊知識があるか無いかは関係ありません。
インスピレーションの質の低い高いは、最終的にその人の人間性の高さ、純粋さによって異なるようです。
では、この質の高いインスピレーションを得るにはどうしたら良いでしょうか。
今の時代は先進国であれば、便利で当たり前の生活になっています。
そして、時間も急速に流れている中、速い=便利という生活になりつつあります。
日本もこの便利になって20年ちょっとでしょうか、昭和30年代であればまだまだ旧式で遅くて、それほど裕福でなかったでしょう。
ここ最近、この裕福でなかった国で急速に経済国になっているお隣の中国ですが、10年前ごろは、同じ服、同じ髪型、同じ自転車に乗って通勤もしていました。
中国の上海だけで日本人口とほぼ同じです。その中国は日本よりもさらに格差社会にてお金持ちは車を買うようになりました。人口が多いので、自転車から車社会になると排気ガスの量が異常なほど増えて行っています。
欧州では出来るだけ、この排気ガスを減らす為に苦労しています。
15年ほど前にスイス人の友達に会いにスイスに行った時に、友達の旦那さんは信号の為にエンジンをストップしていました。私たちの地球のことを考えていました。
話は変わりますが、日本の歴史の三大将軍の一人の徳川家康は、「論語」によって人格を完成させたそうです。人間の人生を「人の一生は、重き荷を負うて遠き道を行くが如し・・・」という遺訓を残しています。この言葉の中には学んだ仁が述べられていて、人間は「生涯教育」の義務があることを綴っています。
ですから、人の世は「不便」であり、「重き荷を負う」必要があるのでしょう。
イソップ童話のイソップも同じようなたとえ話で「うさぎとかめ」の内容は言葉は違いますが、似ている気がします。重たい物を持っては速くはいけません。その動きは、なかなか前に進まず、順調に行っていないように思うことでしょう。
しかし、これこそが人生生きる中での修行と言えるかも知れません。
もしも、あなたの心が不満で満たされていないのであれば、どうぞ、日本が高度成長期になる前を想像してみて下さい。もちろん、江戸時代でも、鎌倉時代でも構いません。
そして、その時代と今のあなたの環境を重ね合わせてみて下さい。
江戸時代の子供の遊びと昭和30年代前後の子供の遊びは差ほど変わりませんでした。
物質に囲まれた生活でなくても、高級ブランド品や美食三昧をしなくても、江戸時代と思えば、かなり優遇されていると思えるでしょう。
心の癖と同じで、人は考え方を少し変えるだけで、人生の見方は一変します。
しかし、節約を忘れ、不便や不自由を感じる心が芽生えて来ると、心もネガティブになるでしょう。そうならない為にも、自分の心を自由にして、あまり深くその不憫さを考えず「この世は楽しい、面白い、嬉しいことが一杯!」と思うようにしましょう。
子供のころの遊び心を取り戻しましょう。
暗いことばかり考えていると「嫌だ、嫌だ」と思うと心が行き詰まるものです。
神道の教えを実践的に教えてくれた私の祖母などは、夏休みになると色々な場所のトイレ掃除を一緒にお手伝いしていたのですが、汚いという言葉もなく、私も磨くと綺麗になるので、ゴシゴシと金隠しを磨いたりしていました。
何でも考え方次第で楽しくなると思います。
物がないから、自分で作る楽しみ。
不便だから、便利にしようと思うアイデア
お金が勿体ないから、ある物で創意工夫をして作る喜び。
そう考えるだけで、居心地の良い暮らしが生まれます。
地球が誕生してからの時代から考えると、今の世の中は便利になり過ぎてしまいました。
人生焦って必死に生きても、学ばないまま死んでしまっては、勿体無いことです。
この世で成功しても、あの世では無知でロスト・スピリットにならない為にも、あの世に行くにはいつからでも再出発のチャンスは至るところであります。
早く出世をしても、自分の心が空しければなんの意味があるでしょうか。自分で楽しく過ごせれば良いのであって、自分自身の人生ですから、誰に批判されることもないでしょうし、人それぞれ、同じ人生はありません。
そして、死ぬ時期が来たときに、自分の人生は素晴らしかったと思えるはずです。
ある哲学者が言っていました。「この世で太った豚にならず、痩せたソクラテスになれ!」
死ぬまで現役で自分で楽しみを見つけながら、プラスに考える癖をつけて行きましょう。それは、同時に自分を信じることになるでしょう。
人間は信じることで、心が活性化する生き物なのです。
どんなに不可能な状況でさえも、自分を信じることで、必ず、霊界から質の良いメッセージが届くことでしょう。
心が無垢でいると今の時代は一見損をしているように思うでしょうが、決して、損はしていません。大きな気づきを頂く方が、ダイヤモンドの指輪をつけるよりも、輝いています。
感謝しながら、地道に楽しみながら生活して行きましょう。
読んで頂き、ありがとうございます。
ありがとうございます。