人は同じものを眺めていても、違った世界を見ていることもある。

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こんにちは!
いつもありがとうございます。
ありがとうございます。
さらに暑くなるキプロスです。
ここ最近、鑑定させて頂いている方から、お礼のメール、感謝のお言葉を頂いて来ております。幼いころから、神様のお手伝いと思って研鑽を重ねて来ました。
人種を問わずに多くの人を鑑定して来ておりますが、苦情の言葉を頂くことがあります。そういうときは、不思議なことに、同業者さんだったりします。
霊能者、占い師から求め過ぎではないでしょうか。
すべて「当たる」「当たらない」の枠で、当たっていなければ、苦情というというのはどうでしょうか。
考え方、心の癖が複雑な方、繊細な方、さらに、相手の気持ち、相手の生い立ちなどを分かっているかのように、思っているのは危険性があると思います。
自分が正しいと思うことは、他の人も正しいと思う人は、「自分の周囲にいる人も自分と同じような価値観で暮らしている」ものと思う人もいるでしょう。
自分が大事にしていることは、他の人もみな大切にしているはずだ、自分はこう考えているのだから、他の人もそう考えているであろう、自分はこう感じるから、他の人もそんなふうに感じているのではないだろうか等、思い込んでいるでしょう。
ところが、現実にはわたし達の周りに存在する人たちは、まったく価値観の異なる人々も沢山いることでしょう。
家族、友人、夫婦、親子でさえも、性格が違えば価値観も違い、ものの見方や考え方、感じ方、行動の仕方も違って来るでしょう。
同じ言葉を聞いても、その人が固執した考え方を持っていると、違って来ることがあります。
育った環境、こころの癖の違いについて理解を深めることで、大きな気づきに繋がることでしょう。
自分が見ている世界と、他人が体験している世界がどれだけ違うか、目に見える形で理解出来るモノもあれば、相手が見えていないモノを表現する必要があっても、理解しようとしない人もいることでしょう。
心地が良い結果を求めている間は、自分だけの価値観に拘り過ぎていることもあるでしょう。
一昔であれば、叱咤激励を明治、大正時代生まれの人たちは、自分のことのように、仰ってくれたり、渇を飛ばしてくれたりしたことでしょう。
心の癖をそのまま放置しておくと、自分だけが正しいと思うようになることでしょう。
鑑定の結果も他の占い師さんと違う、途中、話が違い過ぎる・・・。
話が違うのではなく、ご自身が固執しすぎた考えを鑑定時間内に変えることは、難しいこともあるのです。
たとえば、占いに関係ない話ですが、リサーチとして、身近な人に「今後、人類の未来はどうなると思う?」と尋ねてみて下さい。
色々な回答が返ってくるでしょう。
暗い印象を持つ方、いい方に考える方、変革意識を持っていて真面目に答える人、様々な回答が返ってくることでしょう。
人との視点の違いが理解出来れば、時には「他人の眼」で物事を感じ取ること、鑑定の結果に左右されることもなく、人生相談の一つとして考えることも大事でしょう。
正直に言わせて頂きたいときもありますが、聞く耳を持たない人も増えています。
また、短い鑑定時間内で、良い方向へ導かれる人もいます。
そういう方は、一つの教えとして、生きる上でのヒントとして、感謝する心を持っている方は、見えない存在と共に一緒に聞く耳を持ち合わせているでしょう。
真の幸せを受け取るには、他人の考えも一つのヒントとして、受け容れることをする方が、周囲の人との関係もいまよりもずっとよくなるのではないでしょうか。
自分が思うような事を言って貰えなかったから、あの占い師さん、霊能者さんは間違っていると思う気持ちを抱いてはいけません。
決して、怒りの波動に変えてはいけません。
人生の最大の苦しみの一つは、人を許せないと思うと「怒り」に繋がります。
お腹の中で、ドロドロと赤く燃えるマグマのような憤怒として行くことでしょう。
そのような怒りをもち続けていますと、心身のバランスを崩してしまい、健康を損ねることになりかねません。
怒りは有害です。
他人に言われて、腹の立つ言葉の中には、普段から、自分で意識していなくても怒りに変わるほど無意識に反応していることがあります。
怒りをなんとかしなればならないのですが、その為には「許せない」を「許そう」に変える以外にないでしょう。
時間が経ったときは、その腹の立つ言葉の中に本心があることを理解出来る人もいるでしょう。
すでに感情的に怒り続けている人は、「許します」と唱えることで、少し前に進むことでしょう。
でも、人間完璧な人はいませんから、いくら穏やかな人も「やっぱり、許せない」と思ってしまうことでしょう。
ときには、死ぬまで許せない相手がいるかも知れないでしょう。
深い精神レベルに達成するには、魂の苦しみの中で浄化される形が近道だったりするのです。
人を憎むより、人を「許す」ことを学べる機会を与えれた人は、その道のりを経て初めて、真実を理解出来るときもあるのです。

読んで頂き、ありがとうございます。
ありがとうございます。
カズコ
合掌