心のスパ

こんにちは!
いつもありがとうございます。
ありがとうございます。
暑さ寒さも彼岸まで。夏ばてしないように頑張りましょう。
さて、本日は前回のメルマガに掲載した文章をこちらでもご紹介させて頂きます。
真理を追究すればするだけ、迷路のような心境に陥ることもあるだろう。
それだけ、生きるとは難しい課題であることを実感できる。
旧約聖書のことわざに「神は正しい者を試される」と記載されている。
「もしある男が二頭の牛をもっていたとして、一頭が強く、一等が弱かったならば、どちらにすきをひかせるだろうか。もちろん強い方である。だから神は正しい者に重荷を与えるのである」と言っている。
しかし、その重荷も苦手な人にとっては酷く、辛く感じる。
お金があってもなくても心配しない人にとっては、お金の心配など無意味であるから、家族の悩みをカルマとして、試されている。
家族が仲良くしている人の課題は、家族以外の人間関係だったりする。
個々で異なった課題を選択して、現世で神から重荷を頂くことで、霊的成長が促される。
人それぞれ、複雑な悩みの中、生きている。
子供たちの悩み、夫婦の不和、嫁姑、職場の人間関係、友人との人間関係、対人恐怖、鬱、アルコール依存、ギャンブル依存、買い物依存など、不安を抱えている人もいるでしょう。
何かに依存してしまう過程に至るまで、心の葛藤があったことでしょう。
その心の葛藤を克服するには、心のために、浄化したり、泣いたりすることで、心がすっきりすることだろう。
「愛」を理解する事こそが、キリスト教スピリチュアリズムですが、出来ないことをしようとして、自分を追い込んでしまい、何かに執着してしまい胸が痛む。
胸の痞えを取り去るには、信頼出来る人に愚痴ったり、本心を話すことで、気持ちが楽になるかもしれない。
ただ、悩みを抱えすぎている人に相談しても、逆に悩みを聞く側になってしまわないようにしなければ意味がない。
私たちは日常的に色々な所から邪気を身体に付着させてしまっている。
その邪気、マイナスのオーラは気づいたときに、石鹸で体を洗い流すことが可能であるかも知れないが、心の中まで知らずして、潜んでいることもある。
あなたはここ最近、お腹が痛くなるほど笑ったことはありますか。
生きていることで必要な感情は「喜怒哀楽」である。
状況が苦しければ、苦しいほど、この4つの感情が支えになってくれる。
泣けない人は、楽しむことが出来ない。夜がなければ、太陽の日差しの明るい昼間はない。泣くのを恥ずかしがる人間は、喜ぶときも、本当に喜んでいない、表面的に、取り繕っている。
泣いたあとは、湯上りのさっぱりした魂になれる。
神さまは照りついて乾ききった魂に雨を降らし、辛いとき、嬉しいときに、涙を流せるように、配慮して下さっている。
常に泣いてばかりいると、梅雨のようなこころになってしまうが、本当に泣きたいときは、大きな声を出して泣くと良い。
私たち人間は、泣くときには、泣かなければならない。
「他人のため、自分のため。」
このメルマガを書き始めたのも、多くの人が感謝の言葉「ありがとうございます」と唱えることで、胸に痞えている幼少期から今に至るまでの心のスパとして、涙を流して欲しいと思ったからです。
こころに溜め込んだ色々な感情を感謝行を通じて、恵みの雨が降らせることが出来るでしょう。
感謝行を行う際に、色々な感情、何でこんな気持ちになってしまったのか、過去から現在の自分の気持ちが湧き出すことで、色々な気づきや自分の本音が見えたり、悩みの解決になるヒントになることでしょう。それこそが、自己探求であり、心のスパなんです。
こちらのメルマガを手探り状態から書き始めて5年以上経ちます。
感謝行を行った読者の方々からのお便りには、こんなお言葉が寄せられています。
自然と感謝出来るようになった。生きる喜びを得た。悩みが半減できた。
人生に目標が出来た。老後の不安から解放された。人生が楽しくなった。
運が良くなった。 人間関係で悩まなくなった。アルコール依存から解放された。
離婚の危機から、今では夫婦円満になった。嫁姑関係が良くなった。
無気力だったが、自信を持てた。幸せだと感じることが出来るようになった。
恋愛での悩みが解決出来た。結婚出来た。不登校だった子供が学校に行き始めた。
引き篭もりだった子供が立ち直ってくれた。お金で不自由しなくなった。
芸術の精神的な深みを得た。恋人が出来た。子供が出来た。
生きる意欲が湧いて来た。大病から解放された。など等。

生きる喜びを共感できて、嬉しく思います。
ありがとうございます。
合掌

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